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ディスコDJを目指すっ!

さて、「V-One」の前は喫茶店に勤めてた僕なんだけど・・この喫茶店が、また、知る人ぞ知るっ!てな店でね(遊び人の溜まり場だった・・汗)・・「ハイハ」っていう店だったんだけど、新宿三越の裏にあって、GETにも近かった。だから、ハイハでの仕事が終わると、GETに行くのが日常だったなぁ。

<追記>
この記事の筆者の方は「ハイハ」を知ってらしたですね。
ページの一番下のほうに、マイアミなどと並んで出てきますが・・。
この記事にありますような店でした・・たしかに・・。
筆者の方、引用させて頂きありがとうございました。m(_~_)m

ハイハは、三越さん、伊勢丹さん、三愛さんに勤務してる女性達が昼休みに大勢来ていたけど、ちょっと・・てか、かなり気になる子がいてね・・夜にGETに行くと、また、そこで会ったりしてね、うぷぷ。
ニックさんの「可愛い人よ」なんてかかると、例の「手招きのフリ(ここにおいでぇ〜〜♪)」の時に、意識して、顔見ちゃったりして!!
んんん〜〜
これ、読んでる貴方!同じような経験、あるんじゃないのぉ??(^_^)


さ、さて・・話は戻りますが、1974年の秋に「V-One」のキッチンから、めでたく、ホールに出た(つまり、ウエイターさんになったってことですね!^^)僕は、すっごく楽しかった!
この頃はワンドリンク・システムなんだけど、お客さんが入店すると、ウエイターがテーブルに案内してあげて、オーダー取って、持って行ってあげるのね。後のフリードリンク・フリーフードのシステムから考えると信じられないようだけど・・「いらっしゃいませ。お飲物は何になさいますか?」ってやってたんだよねぇ!こういう仕事と、下げもの、灰皿交換なんかが主な仕事だったかな?

あとは、踊ること!!
特に仕事がなければ、通路や踊り場で、最新の踊りを披露するワケね。^^
これは楽しい仕事ですっっ( ̄^ ̄)

バンプ、ウォーターゲート、オールドマン、ファンキーフルーツ・・
いろんな踊りが続々と流行ったなぁ!!
この頃の印象に残ってる曲は、スティービーワンダーの「迷信」、アベレージホワイトバンドの「ピックアップ ザ ピーシィーズ」、コモドアーズの「ザ・バンプ」、E,W&Fの「マイティマイティ」、グロリアゲイナーの「さよならは言わないで」、キャロルダグラス「恋の診断書」などなどなど・・
あえて、日本語表記しましたけど(・・ってか、スペリング、わからないんじゃん!)、うほん、なつかしいですなぁ!!

そんなある晩・・
DJの高橋さんが、六本木の「アフロレイキに行こう」って誘ってくれたんだ。

この頃のディスコDJは、ウエイターをやりながら、曲や呼吸を覚えて、少しずつ回させてもらって練習して、やがて、DJに「昇格」するってパターンが多かったね。
高橋さんも、ウエイターさんからDJになったばかりだった。
僕も「DJの方が面白そうだし、給料も良いしなぁ。DJになりたいなぁ!」て思ってて、高橋さんに、いろいろ、教えてもらってました。^^
だから、彼に誘われて「はい!はぁ〜〜い!」てなもんで、六本木の交差点、ケンタッキーフライドチキンの上にあった「アフロレイキ」に同行したわけ。

マリオ山口さんがプロデュースして盛り上がっていたアフロレイキ! (アフロレイキってのは、黒人さん達が、髪をとかす時の櫛ね。)
なんてったって、雰囲気がめちゃめちゃカッコよかったし、先進的だった。この店が後々のディスコに巨大な影響を与えたのは間違いないですね。

この店のあとは「キュー」って店になったけど、僕より若い世代の方々には「キュー」になってからの方がお馴染みかな。
アフロレイキは生バンドとレコードの交代制だったんだ。昔はこういう店が多くてね、赤坂ムゲンは、その代表格だし、新宿・渋谷のブラックシープ、チェスターバリー、ミルキーウェイ、ビッグトゥゲザーなんかもそうだったよ。アフロレイキやムゲン以外の多くの店は、フィリピンバンドだったけどね。

高橋さんとアフロレイキに行った夜は、なんと!クルセイダーズがゲスト出演していた!!ジョー・サンプルのクルセイダースだよっ!!すごいでしょう!!

日本人のハウスバンドと交代で2ステージくらいやってくれたような記憶がありますが、やっぱ、感動したなぁ!!
日本人のハウスバンドは「スリーチアーズ」って名前でね、けっこう、うまいんだけど、クルセイダーズと交代じゃ、やっぱ、きついですよね(^_^;)

覚えてるのは、スリチアーズが「ロックユアベイビィー」をやったこと・・
3人のボーカルの一人がグッチ祐三さんだったことかなぁ・・^^
当時、グッチさんはスリチアーズのメインボーカルで、大きなアフロヘアしてた。アフロレイキの他にも、ブラックシープとか、いろいろなディスコに出演しているのを見かけたなぁ。現在でも、ものまね番組なんかで、ソウルミュージックをやってるのを見るけど、あの頃の下積み(失礼・・)があるから、うまいんだねぇ。皆さん、成功の影には苦労の時代がありますよね。

さて、この晩は、バッチリ、本場のバンプを覚えたね!^^
まだ、日本に入って来て間がなかったバンプ・・うまくなったよぉ、一晩で。
んで、次の日には「V-One」で、披露したわけです。この頃のヒットで、バンプが踊りやすい一曲といえば、BTエクスプレスの"Do it til you 're satisfied"が懐かしいよね。

ま、そんな、毎日だったな。
それが、DJの高橋さんが、突然、やめることになって・・
何でも、実家の方に急なことがあって・・とかだった。
それで、急遽、DJが必要になったわけ。

僕は、けっこう練習してたしね、この頃のディスコDJは、曲と曲を境目なくつないでいく技術(テンポを合わせてね・・今は皆これでしょう?)・・Mixよりも、曲間をシャベリでつないでいくのが主流だったけど、僕は「これは完全に言葉を曲に乗せていくことだ!」ってわかってたのね。いつも、ひとりごとで、MCのフレーズを練習してました。(^^ゞ
それで、スムースにDJになることが出来たんだ。

さぁ、こうして、僕のディスコDJ生活が始まった!!

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