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ブラック パワー

V-Oneで知り合ったブラザーで、今でも良く覚えてるのは、ひょろっとした、お調子者のギル、どっしりしていてヒゲの似合うメイスン。

この二人は、それぞれ仲良くしてくれて、横田基地の中によくエスコートしてくれた。特に、メイスンは横田のフットボール チームの選手で、よく、試合に招待してくれた。選手やってるくらいだから、おっきかったけど、学者タイプの風格がある人だった。

横田基地基地は福生とか牛浜という駅が近いけれど、当時、たしか、牛浜の近くだったと思う・・「BP」というお店があったんだ。
知ってるよ、行ったことあるよ・・そういう人も多いでしょうね!

ここは、黒人のオッさん(リオスさん・・亡くなったそうですねぇ。)がオーナーでね、お客もほとんどがBlackと、その連れの日本女性だった。
「BP」というのは、Black Powerの意味なのか、Black Peopleなのか、それとも他に意味があったのかなぁ。店内では、黒人たちがよく食べるソウルフード(豆とか、あばら肉とかの黒人家庭の料理)なんかで、飲み食いできてね、小さなダンスフロアがあって、ジュークボックスで曲をかけては、皆で踊ってた。

当時の日本のディスコで見かけるのは、一列になって壁の鏡に向かって踊ってるシーンだった。男女がペアで踊るって、チークくらいなもんだんじゃないかな。まだまだ、ステップが主流だったしね。
だから、こういうBPみたいなお店に行くと、テレビのソウルトレインみたいに、男女がペアで楽しそうに踊ってて、ほんと、なんか、別世界みたいに感じた。僕が今でも、小さなソウルバーで「通路で踊る」・・みたいなお店が結構好きなのは、このBPを思い出すからなんです^^。

ある日、メイスンがBPに行こうと誘ってくれた。
彼の、ドアが取れるんじゃないか?ってな、車に乗り込むと、メイスンが、彼女を誘っていくというんだ。
オッケーオッケーってわけで、基地の中の住宅の方に向かった。横田基地はでっかいからねぇ、車でも、ちょっとかかったよ。
で、彼が、彼女を迎えに行って、僕は車で待ってた。

戻ってきたメイスンの横に並んでいたのは、白人の女性だった。今でも覚えているけど、ブロンドの髪だけど、派手な人じゃなくて、ごく普通の優しそうな女性だった。しかも、彼女の横には子供も・・。やっぱり、ブロンドの可愛い男の子だった。

僕の勝手なイメージだったんだけど(というか、当時はそれが必然だったから・・)、当然、大きめのアフロヘアの黒人女性が来るものだとばかり思ってたから、正直、とても驚いたんです。
でも、さすがにそういう顔をしたら失礼だと思ったから、普通の顔をしてた。彼女は優しそうな顔で挨拶してくれた。
白人の彼女が日本人でアフロにした変なヤツに自然に接してくれたのも新鮮な驚きがあったし、アメリカという国の懐の広さを感じた一瞬だったです。

BPに行く前に、基地の中のカフェテリアで何か食べていこうという話だった。
男の子を彼女の知り合いに預けて、3人でカフェテリアに入っていった。
僕の前をメイスンと彼女が歩いていく。僕は、まだ、基地の中が珍しくて、きょろきょろしながら、ついていったんだ。

ふと気が付くと、テーブルに座っている男たちの視線が痛かった。
攻撃的な視線・・・。

当時はまだ、黒人の男が白人の女性を連れて歩いているのを見て、面白くない連中も多かったんだよね。
しかも、あとから、アフロヘアの日本人がくっついていくし・・(^◇^;)

でも、メイスンも彼女も、いっこうに、意に介していなかった。
メイスンは、いつものように笑顔で僕に話しかけ、優しく、そして堂々として、彼女を敵意の視線から守っていた。
この話をしても、ピンとこない人もいるかもしれないけど、これは、1974年の話なんです・・。

イージーライダーという映画が過去に大ヒットしたのだけれど、あれは、主人公たちが、アメリカ南部をハーレーのチョッパーバイクで突っ走っているとき、トラックの運転手のオヤジから「髪を切れ!」と怒鳴られて、その言葉にピースサインを返した主人公がライフルで撃ち殺されてしまう・・というのがラストシーンだった。あの映画は、1969年制作だった。そう、あのウッドストックの年だね。

ムハメッドアリがベトナム戦争への徴兵を拒否したことから、無敗のままヘビー級タイトルを剥奪されたのが67年。
4年間試合を禁じられてから復帰、フォアマンを8ラウンドKOで倒し、世界ヘビー級タイトルを奪還したのが74年だった。

アリはブラックムスリム(回教徒)で、もともとの「カシアスクレイ」から改名したわけだけど、徴兵拒否をするとタイトルを剥奪されるということで回りからの説得もあり、徴兵に応じるところまでいってたんだね。
ところが徴兵の検査場で「カシアスクレイ」と呼ばれた時に「クレイというのは白人に勝手に付けられた名字だ。自分の名前はムハメッドアリだ。」と譲らなかった。で、結局、徴兵拒否をすることになったわけだね。

60年代に、長い人種差別の抑圧から爆発した黒人たちの暴動は、有名なワッツをはじめ、アメリカ各地で起こっていたし、それをきっかけにして、黒人たちの意識や地位も大きく変わりつつある70年代だったと思う。

でも、まだまだ・・。
そういう時代だった。

今でも、あの晩の、メイスンの優しい表情と、Black Americanとしての誇りに満ちた態度が目に浮かぶ。

なんか、ディスコの話と離れちゃったけど、勘弁して頂戴。
んでもって、今日のお話しは、ここまでね。

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