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 アナザーワールド
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Terryが、1976年に勤務したディスコ。

六本木アフロレイキ(後にキューになった箱)の姉妹店としてオープン。他にチェーン店として、音楽評論家の紺野慧さんが当時の店長としていらした六本木ルーファスなど。
アフロレイキを成功させたマリオ山口さんが社長だった。
従って、一部の従業員は、アフロレイキから移ってきていた。
なんといっても、この店は場所がすごかった!!
いわゆる、高級住宅街といわれる成城学園の南口から1分のところだった。ミスタードーナツの斜め前。
メチャ、ファンキーな店だったけど、ご近所からは鼻つまみもの。
そりゃ、そうよね〜〜(^◇^;)
閑静な住宅街でガンガン音を鳴らして、集まってるのはアフロのあんちゃん達だもの・・。

ここは僕にとって、本当に思い出深い店。
オープンからいたし、同僚も個性的なメンバーが多かった。

踊りがうまい人では、大阪から来てたマイケル池田がいた。
アナザーワールドは六本木にもオープン(スーパーコップスの跡地)して、マイケルはそっちに移ったけど、そのあと、六本木にキサナドゥがオープンして、彼はマネージャーとして活躍。伝説的な店となったキサナドゥだけど、彼はその後、大阪に戻り「梅田マハラジャ」の店長として店を成功させた。

マイケル池田とグループを組んで踊っていた澤村ススム。彼もアナザーワールドで一緒だったが、現在、ビブロス・チェーン(麻布キサナドゥ)の社長として活躍している。先日、麻布キサナで28年ぶりに再会したけれど面影は変わらなかった。ススムも、格好の良い踊り手だった。(今もうまいらしい←ふぉろ〜)
閉店と聞きました。残念です。

後に、ファンキードールズというダンサーズを組んで活躍したジョニー。彼との思い出も僕の中では、つい昨日のことのようだ。元気でやっているだろうか。

DJとして同僚だったウィリー。とっても緻密に選曲していて、いい加減な僕とは正反対なタイプだった。先日、スタジオワンの名DJ、マイケル山田さんと会った時に、ウィリーがアナザーワールドのあとに、山田さんと一緒に仕事をしていた時期があったと聞いた。ハンサムで優しい笑顔が懐かしい。

社長の故マリオ山口さんは、アフロレイキ時代は、糸居五郎さんをDJとしたラジオ番組「ソウルフリーク」を、そして、アナザーワールド時代は小林克也さんをメインDJとした「ソウルインフォメーション'76」をそれぞれ日本放送で提供し、ソウルミュージックの普及に勤めていた。

マリオさんが最後に結成した「DO SO BAND」はその後も活動を続けた。
天国のマリオさんも一緒にパーカッションをPlayしていたことだろう。

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